【私たちは幻?】宇多田ヒカルの音楽が描く、生と死の境界線 曲と歌詞で救われる

宇多田ヒカルさんの曲やその歌詞に、深い共感を覚える人も多いのではないでしょうか?
25年前の曲でも、いまだ色褪せることがありません。なぜならテーマが「愛」だからです。


元・保育教諭の主婦「のん」
長い間、保育士や幼稚園で先生をしていました。
最近始めたのが、「ブログ」「メルカリ」です。

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私は、宇多田ヒカルさんのデビューの頃からずっと好きで、歌詞をひとつひとつ噛み締めると、まるで深い文学を読んでいるような気持ちになります。

この記事では、宇多田ヒカルさんが書いた曲や歌詞の考察と、それによって救われた思いなどを書いていきます。

宇多田ヒカルの音楽との出会い、歌詞に惹かれたエピソード

私の人生において、宇多田ヒカルさんの曲はいつも寄り添ってくれました。彼女の曲は、愛をテーマにしながらも、「永遠の命」を想起させるような深遠なメッセージを含んでいます。

先日、宇多田ヒカルさんのコンサートに行ってきました。

ニューアルバムの聞き込みが不十分だったにも関わらず、彼女の音楽の世界にどっぷりと浸かることができました。

宇多田ヒカルさんの曲は、聴き始めるとその深みにハマってしまい、なかなか抜け出せなくなることがあります。だからこそ、一時期はあえて聴くことを控えていた時期もありました。

しかし、今回のコンサートで、改めて宇多田ヒカルさんの素晴らしさを感じました。彼女の言葉の使い方は本当に素晴らしく、何気なく聴いている曲も、コンサートでは歌詞の一つ一つが心に響きました。

言葉の深淵に触れる

宇多田ヒカルさんの歌詞には、何度も深い感動を覚えました。「traveling」は平家物語からの引用、「Wait & See」はラインホルド・ニーバーの「祈り」からの引用です。

今回のコンサートで特に心に残ったのは、

来世でもきっと出会う 科学的にいつか証明される

引用:『君に夢中』

そんなに遠くない未来僕らはもうここにいないけど

引用:『何色でもない』

これらの歌詞は、私たちが幻のような存在であるという感覚、そして時間や空間を超えた繋がりを想起させます。

宇多田ヒカルの音楽が問いかける、私たちの存在意義、生きる目的

私は、宇多田ヒカルさんの歌を通して、日本語の美しさや言葉の力強さに気づき、英語教室に通い始めるきっかけにもなりました。

彼女の音楽には、愛と生と死、そして科学では説明できない人間の感情や魂の存在が描かれています。

そして、それは私たちに生きる意味や、自分自身の存在意義を問いかけるものでもあります。

まとめ:宇多田ヒカルの音楽への感謝、今後の活動への期待

宇多田ヒカルさんの音楽は、一過性の命だからこそ、瞬間瞬間を大切に生きることを教えてくれます。

この記事が、読者の皆さんにとって、自分自身の人生観や価値観を見つめ直すきっかけになれば幸いです。

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