50代主婦 親の介護~重なる介護は、ある日突然…

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始まる介護
始まる介護

いつまでも若い気持ちでいたら気づけば自分も50代を迎え、半ばに差し掛かりました。

これまでがむしゃらに育ててきたわが子どもたちは社会人となり、親の手はなくても自由に生きていくようになりました。

あとは結婚でもしてくれれば良いか…と、親としては遠くから見守る毎日でしたが、子どもから手が離れるのとバトンタッチするかのように、自分の親がそれぞれに病気や老いを迎え、なかなか一人にさせておくには厳しい場面が少しずつ増えるようになりました。

人によって違いはありますが、通常、結婚している場合だと、それぞれの親4人が高齢者になっていくことになります。
また時に、身寄りのない叔父や叔母などの親戚の方を介護される人もいらっしゃるかもしれませんね。

いつまでも親からすれば私は「あなたの子供」と思っていたのに、いつの間にかその親が70代、80代、90代になっています。

今は高齢化社会で、あちらこちらで高齢者を見かけます。

昔に比べれば、介護のサービスも行き届き、ずいぶんと介護もしやすくなったのではないでしょうか。

ということで、今回は・・・

アルツハイマー認知症になった姑の話しも交えながら、その時にタメになった本「認知症世界の歩き方」

の紹介もしつつ、

・突然始まる親の介護
・行政や周囲への支援の要請
・生活スタイルの変化
・介護用品/レンタル用品の活用
・介護することへの気持ち

などについて書いています。

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突然始まる親の介護に慌てないために

自分自身が50代、60代にもなると、親の介護がいつ始まってもおかしくない年齢かと思います。

いつまでも頼りにしていた親を介護するなんて、誰もが遠い先のように思う人は多いのではないでしょうか?

私もそう思っていたうちの一人です。

今の70代以降の高齢者でも体も気持ちも若い方は多いですね。

いつまでも元気でいられることはとても良いことです。

アルツハイマー認知症

アルツハイマー型認知症は認知症の一種で、脳の一部が縮んでいくことにより、もの忘れなどが生じる病気です。

私の経験談:
自分の親が認知症になるなど夢にも思っていなかった時のこと。

姑の話しです。

ある日の月曜日のこと、電話口で姑がおかしなことを言います。
今日は、「生協を頼んで届く日なのに、届かないのよ…」と。

普段、生協で頼んだ品々は金曜日に1週間分の食料が届きます。
主要な食料(米、卵、牛乳、豆腐など)は自動的に定期で届くようになっていました。

姑は近所に住んでいるので、つい数日前の金曜日に生協が届いたことは知っていたので「えっ?」と思い、慌てて電話を切り、飛んで行きました。

冷蔵庫の中のものを見させてもらうと、ひとり暮らしとはとうてい思えないほどの食料が冷蔵庫に詰まっています。

中には4か月前からの豆腐や納豆などが何個もありました。

姑は一人暮らしなので、あまり買い物に行かなくてすむようにと6人家族が使うくらいの大きな冷蔵庫を所有しています。

他にも食パンやみそなど、同じものが次々と出てきます。

姑に聞くと「多くても困らないから…」と言います。

確かに、多少は多くても問題ありませんが、この調子だと買うスピードと食べるスピードとが釣り合っておらず、物がたまる一方です。

「金曜日に頼んだから、月曜日の今日は来ないですよ」というと、「あれ?今日は金曜日じゃなかったかな?」と言います。

年齢もあるのでそうした勘違いもあるかと、今日は「月曜日ですし、食べ物もほら、たくさんありますよ」と言っても首をかしげて納得してくれません。

しばらく、「月曜日」か「金曜日」かのやり取りをして、それを示すものとして新聞などを見せ、なかばシブシブ納得した姑ですが、しばらく話すとまた曜日がわからなくなっていました。

何度か正しい年月日と曜日を伝え、最後には、「今日、何日でしょう?」と聞いても答えられなくなりました。

この現象で、これまでもなんとなく感じていたものが、これはマズイのではないかと確信を持ちました。

確かにこれまでも似たようなことはありましたが、持ち前の明るさや、失敗も笑ってすませる元気な姑だったので、なんとなく深く考えないまま、長い年月を重ねてしまったように思います。

今振り返ると、もう数十年前から、おかしいなぁと思うことはあって、その時々で主人にも伝えていましたが、主人も「ふーん」という感じで、まともに考えてはいなかったと思うのです。

同居じゃない…

私たち家族と姑は、別々に暮らしています。
なので、毎日会うわけではありませんし、会うのも用事がある時だけです。

そのため、時々会って話しても、少しのおかしなことは、ちょっと疑問を感じつつも踏み込んで考えることをしていませんでした。

まだ日常生活のなかでは、姑本人の正しい判断も多かったため、気づくのに遅れてしまいました。

行政や周囲への支援の要請

姑は90代になっていました。

とても元気でいつもほがらかで優しい姑で、自分でできることはなんでも自分でしてしまいます。

それに、私たちの世話になることはないように…と常々口にしていて、自分でできることは自分でしたいと言って、ほとんどのことは全部自分で決めていました。

介護認定の審査の申請も自分でし、デイサービスやホームヘルパーの申し込みや事業所など、すべて自分で決めて契約をしていました。

しかし、認知が進行し始め、いろんな弊害が出始めたころ、いろんな記憶違いで話しがこじれることが頻繁に起きるようになってきました。

私もこの頃になると、姑の未来が予想できていたので、仕事も辞め、何があっても姑のことを見ようと思っていました。

姑だけではなく、自分の両親のこともあったのでそういう年齢になったのだと、すでにもうそうなのだと思っていました。

それぞれの親の介護

今回の話しとは少し違いますが、この年に、実父が脳梗塞になり要介護5になり、実母は膝の人工関節や悪性の癌により障碍者認定を受けました。

その後、実父はこの年に他界しましたが、いろんなことがいちどきに来たので、どうして良いのか八方塞がりでとても落ち込んだのを覚えています。

その後も気落ちはあったものの、認知症になった姑が悪いわけではなく、私自身がしっかりしないといけないと思い、いろんなことを調べました。

その時に読んだこの「認知症世界の歩き方」を読んで、姑から見た世界はこんなふうに見えているのだとわかりました。

こうした世界で生きる本人がいちばん戸惑い、出口の見えないトンネルの中をさまよっているのだと知りました。

そのうえで、私が姑にどんなお世話ができるのか、周囲の頼れるサポートはあるのか…など、これまで意識もしていなかった分野のことの勉強を始めました。

行政や介護サービスの充当

まず動いたのは、地域包括支援センターへの連絡です。

地域包括支援センターは、市町村が設置主体となり、保健師・社会福祉士・主任介護支援専門員等を配置して、3職種のチー ムアプローチにより、住民の健康の保持及び生活の安定のために必要な援助を行うことにより、その保健医療の向上及び福祉 の増進を包括的に支援することを目的とする施設である。

引用元:厚生労働省HPより

ご自身のお住いの地域にある「地域包括支援センター」に状況を説明してみてください。

でも、いきなりでは難しいと思う方は、まずは周囲の方に相談したり、近所の民生員さんだったり、かかりつけ医に相談でも良いかと思います。

ですが、ゆくゆくは「地域包括支援センター」に相談をすることで、介護保険の認定の手続きをとり、介護サービスを受ける準備に入りますので、見通しとしては、「地域包括支援センター」に連絡を取り、状況を説明し、担当の方がその方の状況に応じた対応をしてくれますので、一度相談されると良いかと思います。

他にも県や市町村といった行政の窓口に連絡を取るのも良いかと思います。

今は、高齢化ということもあり、さまざまな介護サービスがありますし、医学の方も進んでいます。
認知症に良いとされるお薬も認可されました。

軽い段階でケアすることで、ご本人の幸せとともに最後まで充実した生活が過ごせる可能性も高くなっています。

ご家族のお仕事などで、介護ができないこともあるかもしれません。
そういう時でもその方に寄り添った介護ができるためにも早めの対応が必要になってきます。

過剰にケアする必要はありませんが、いつなんどき悪化するかもわからないのもこの病気です。
事前にいろいろと調べておくことも大事です。

生活スタイルの変化

事前の準備のことは、前章で書きましたが、いざサービスを受けるとなると、ご家族の生活にも多少なりとも影響が出始めます。

サービスを使うことで、スムーズにいくことも多い反面、うまくいかない場合はご自身の仕事などに影響を及ぼし始めます。

デイサービスを利用し、日中はご本人を預けるのも良いのですが、中には通所を嫌がる方もいなくもありません。

本人が長い時間を過ごす場所にもなりますので、事前に見学などできることができるなら、ご本人になるべくあったサービスを選ばれると周囲の方も安心かと思います。

介護用品/レンタル用品の活用

一人暮らしの高齢者のために、その生活を想像して困るだろうと思われることはいろいろとありますが、まずは、そうした困りごとをサポートするために介護用品のレンタルというものがあります。



サポート用品を使うことで、ご本人の生活が楽になることも良くありますので検討されるのも良いかと思います。

我が家の姑は、散歩に行く足が日に日に鈍くなっていたところ、歩行器の使い勝手が悪いことに気が付きました。

自分で何か触ってしまい、前輪のタイヤを固定のロックをして、進まなかったようでした。
ロックを解除してあげると「軽くなった」と喜んでいました。

高齢になると使い方も分からなくなる人もいますので、私たちが日常でなんの問題もなく使っているいろんなものが高齢者目線だととても不自由なことに気づかされるのも介護をするようになって気がついたことです。

手すりや、スロープがあることでの転倒予防、段差をなくすことで外出がしやすくなるなど、本人のできることと併せて、こうしたサポート用品の活用も大事だと思います。

介護することへの気持ち

ずっと大きな存在だと思っていた親がある時を機に小さく見える日があります。
困った時にたくさん助けてくれた親たち。

いつも遠くからあたたかく見守っていた親たち。

頼りになるから、悲しいことがあればいつも黙って話しを聞いてくれた親たち。

そんな頼もしかった親が、いつしか同じことばかり話すようになり、日にちも分からなくなり、覚えていないことも増え、そうしたことを日々重ねると、介護する方も気持ちが滅入ってしまう経験をします。

そんな辛い時、自分が子どもだった頃のことをよく思い出します。

私が子どもだった時、自分が病気をしたり、学校で友達とケンカしたり、いろんなことに悩んだり、進学でたくさんのお金を出してもらったりと、たくさんの愛を注いでもらいました。

親が子どものことをみるのは、当然といえば当然なのかもしれません。

けれども、そんな当たり前のことを、今度は私たち子どもが、親の面倒を見ることが当然と思って何がいけないのか…とよく思います。

これまでの私を大事に育ててくれた両方の親たちに、生きている今、恩返ししないとと思います。

でも綺麗ごとばかりの話しでもありません。

一人で抱え込むことはないので、状況を周囲に話してほしいと思います。
どれだけ尽くしても100点満点なんてことはないと思います。

自分の子育ても失敗だらけでした。
でも無我夢中でやった子育ても、振り返るとこれで良かったと今では思えるように、親の介護も自分にできる精一杯を、無理することなくやっていこうと思っています。