主婦が抱える介護の負担~心とお金の重荷~

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介護の負担
介護の負担

昨今は長引く不況や物価高などの背景からくるためか出生率も年々下がっています。
その分、医学の進歩や生活環境による高齢化も加速化しています。

少子高齢化といっても他人事のように思っていた私は50代の主婦です。
私たち夫婦の親は、主人の父が私たちの結婚後、孫を見て1年で他界したあとその後30年近く、元気でいました。

いつまでも元気だと思っていた親に異変が起きたのは昨年末。
まず実父が脳梗塞に倒れて入院。その半年後に姑のアルツハイマー認知症の診断。続いて翌月には実母の癌の発覚と、3人の介護が一度にきました。

今回、その様子をふり返りつつ、病気や老化、認知症などで変わっていく家庭事情について書いていこうと思います。

・介護、それは突然に…
・病院任せ
・気を奪われている間に進行していた癌
・忙しさで気づくのが遅れたアルツハイマー認知症
・落ち込む心、不安なお金支払い
・改善できること(介護サービスの活用・自身のリフレッシュ)
・まとめ

についてまとめてみます。

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介護、それは突然に…

昨年末、陽が沈むのも早く、世の中も新年に向けいろいろとあわただしい師走のさなか、姉からのLINE届いた。

「父の入院」

父の入院
父の入院

LINEの内容は、脳梗塞で倒れたようで急遽入院となったということの連絡だった。
この時期、コロナ禍のため、会えないということで面会など一切できず、思えばこの日まで父が自宅で過ごせたという1日となった。

この後も、結局会えずじまいで半年の時を過ごすのだが、余命1カ月という時に、コロナ禍の規制緩和と主治医の配慮もあり、他界するその日までの少時間の面会が許された。

老々介護

今だからいろいろなことが思い出されるのだが、本当は、父は少し前からいろんなところが病気で、今回もまた病院か…という感じで、私たち実家のものはみんなそういう気持ちを持っていた。
少しずつ悪くはなっているのは歳を取るごとに感じる当たり前のことで、今更本当にいろんな思いが頭をよぎる。

少しずつ老いていく体、もともと心臓は強い方ではなく、椎間板ヘルニア、前立せんがんなど、この10年以上、何度も入退院をしていたから慣れていたところもあった。

その間、足の悪い母が、私たちにも家族があるからと思ってか、父のことを手伝ってなど言われたこともなくて、私もその大変さを分かってあげていなかった。

思えば老々介護の毎日だったのだ、と今はわかった。

姑のアルツハイマー認知症発覚

もちろん私たち家族も毎日がかなりいろんな問題を抱えていた。
それは子どものことだったり、主人の転職だったり、内容は詳しくは書かないけれど、そのどれもこれも私にとってはかなりしんどい問題だったと思う。

自分の抱える問題と人の抱える問題と、比較ができるわけじゃないから、なんとも言えないけれど、私は私なりにかなりキツイ思いで過ごしていた。

そんななか、姑の言動に対し、ぼんやりとだけど、おかしいと思うようになっていた。
90歳過ぎた高齢ということもあり、物忘れだろう…とやり過ごしていたことばかりだけれど、本当はもう数年以上前からおかしかったのだと、認知症の診断が下りた今、過去を振り返ると思い当たることはたくさん出てきた。

病院任せ

話は父の脳梗塞へと戻す。

年末の入院ということで、コロナ禍もあって、面会はできないことから病院任せの日が続いた。
母も、近所に住む姉や姪っ子もいてくれたので、時々教えてくれる病状をいつものように聞いていた。

いのちに別条はなく、あまり長くも入院できないということで、どこか施設を探す段階になって、また脳梗塞。

この間、要介護度が1から3に上がった。

それでもまだいのちの危険はなく、様子見の日々が過ぎていく。

だんだんと暑い季節になっていった。春でも夏日を越す日も多い年で、今年は記録的な暑さとなる年で、運転免許を返納した母は、バスやタクシーなどで通い、会えないけれど洗濯ものや着替え、消耗品など持っていっていた。

その間の私は、やはり会えないから電話で話しを聞くだけ。

そうこうしているうちに、だんだんと体の自由が奪われるようになり、父の介護度は要介護5までなってしまった。

それでもいのちの危険は急ぎでもなく、今度こそ施設に移動という段取りの2日前に、他界した。

死の1週間ほど前に医師から説明はあった。
点滴で生きていたから、そうなるとどこまで余命なのか…というところだった。

だけど、もう死の直前になると、バタバタし始めた。

死の数時間前には、緊急の招集があって、それでもやはり一度に面会できるのは2人までという制約のなかだった。

孫二人、うちの子と、姉の子と病室に入った時に天国へ旅立った。
それまで意識もうろうとしていたのに、孫が来たら目を開けて、手をぎゅっと握って一筋の涙を流して旅立ったということをあとで我が子から聞いた。

父の死の半年間、最後に話したのは、タブレットでつないだリモート面会だった。

最後は全部病院任せだった。

気を奪われている間に進行していた癌

母の癌が発覚

父が死んでから、初七日や49日や初盆など、みんなバタバタしていた。
でも初盆を終えた夏に、落ち着きを取り戻し、私は姑の認知の方へと意識が行っていた。

その時に、母の癌が見つかった。
悪性だったからその腫瘍は全部摘出。

親というのは、強いと思う。
入院や手術など、いのちに関わることなので、家族の付き添いなど当然のようにそれ前提で病院は説明をするのだが、母は私たちに負担をかけまいと自分ひとりで挑もうとする。

こういう時は頼っていいんだよ。といってもなんだかんだと一人で済ませようとするので、病院の方が、ご家族の方もご一緒にと促してくれて付き添っているという感じで、手術日や入院中は付き添っていた。

それでもやはり病院の中ではコロナ禍の影響で、いろんな制約があって、見舞おうにもそこまで見舞っても上げていなかった。

退院後

退院してからの母も強くて、悪い膝を引きづるようにして歩いて、いろんな手続きを一人でしていた。

自分でできるというから、あまり踏み込むわけにもいかないかな…と今は静かに見守っているところ。

忙しさで気づくのが遅れたアルツハイマー認知症

私の日常は、近所に住む姑の介護に追われている。
アルツハイマー認知症と、ものを忘れるという症状は、一見、とても似ているからとても気が付きにくい。

だから…という言い訳になってしまうけれど、気づくのに遅れてしまった。

ふり返れば、どう考えてもおかしかったのに。
本人もおかしいと思っていたはずなのに、わからないように誤魔化していた時もあったし、認知症と診断された今でも誤魔化す時がある。

今はもう医学的に間違いなくアルツハイマー認知症とわかったので、しっかりと見ているが、それでも姑のプライドや踏み込み過ぎないお世話など、その関わり方の度合いにとても気を使っている。

落ち込む心、不安なお金支払い

薔薇の花
薔薇の花

家族に言わせればとっくに前からおかしかったよ。とはいうものの、そのおかしさが病気のものと結びつけることができなかった。

歳を取れば誰しも多少の物忘れはあって当然で、こういうことを忘れちゃうんだな…とか、溜まった洗濯物や取り込まれない洗濯物を見ても、体を動かすのも疲れるんだろうな…などと思っていたけど、今はもう、洗濯機を回すことも忘れているし、乾してあげても取り込みも、乾していることに気が付かないし、取り込んだ洗濯物をリビングにそのまま置いておくと畳んであったりするので、洗濯物一つでも段階を経て、意識が消えていってることがわかる。

認知症になると、先の予測が立てられないから、これを洗わないと…とか、取り込まないと…とか、そういうことは思わなくなるようだ。

目の前のことを、半ば本能に近い形で動いている感じかな。

それでもまだこれで要介護1だから、今後どんどん進行していくことに恐れを感じて私の気持ちが塞ぐことがある。

そして、この気持ちを分かってくれるような存在がいない。

専門家は仕事としているけれど、この辛さを共有できるのは夫や子供たちだと思うけれど、皆がそれぞれに忙しいので、どんなに言っても伝わらない感じが私には伝わることが余計にきつくて一人で抱え込んじゃうんだと思っている。

そうした自分を客観的に見ているんだけれど、私を励ますためかのんきな話しをしてくる家族にいささか憤りを覚えなくもないが、私は私で自分になにか息抜きや喜びのようなものをしてあげなくては、共倒れになる予感がある。

そのため今、自分が惹かれているのが、精油といったアロマヒーリング。


元々お花は好きだけれど、毎回は高くて買えないお花。


その中でも薔薇の香りがとても好きで、自分のために自分を癒してくれる薔薇の香りの精油を探している。

薔薇の精油はとても高価で、私には買えないけど、それでも本当にこれは良い!と思ったものなら欲しいので、そういうことを考えると幸せな気持ちになる。

介護に関する毎月の支出の見通し…

そうして、スッキリとした頭で考える、姑に掛かる老後の介護サービスに支払う費用。
いろいろと調べているけれど、年金を差し引いた残りの金額で考えても安く見積もっても10万円は出ていく感じかな…と思っている。

今は、自宅で一人暮らししているから数万円の支出と日々の生活費で済んでいるけれど、今後自分で歩けなくなったり、認知症の症状が進んで何もかもが分からなくなったりすれば、私一人で昼夜見ることはできないから、ゆくゆくは施設に入ることになるはずだから、そういうことを思うとまたツラくなってくる。

でも日本は今、こうした時代を迎えているのだと思う。

介護保険は、40歳以上の人の払ったお金で賄われているもので、本当はとてつもなく大きなお金が高齢者のために使われている。

これまで懸命に生きてきた高齢者のために使われることはなんの問題もないけれど、このままいくときっと日本の財政は厳しくなるから、日本政府も早めに対策を考えないといけないと思う結果が、定年の延長なんだろうと思っている。

でも高齢者が働くことで、この日本はどうなっていくのだろう…など、塞いだ心からは明るい話題へと繋がっていかない。

こういう時は、少し問題は置いて、自分を大事にすることへと思考を変えてほしい。

改善できること

このように書いた私の介護の記事だけど、多かれ少なかれ同じような状況にいる人がいるわけで、改善できることといえば、介護する側のサポートは重要だということ。

私が、私ばかりを可愛がるということではなくて、私自身が倒れたら、そのしわ寄せは当事者へといくわけだから、私自身が倒れないように、心に余裕を持っていたいと思う。

そのために今、おそらく政府も現状把握はしているはずなので、レスパイト的なものが増えて、それは公的に支援されるものであってほしい。

まとめ

まとめといっても、結局介護は誰かが一人でできるものではない。

だから、何かがおかしいと思ったら、多少お金は掛かっても病院で診察を受けるなり、地域の高齢者を支える窓口に相談に行くなりして、一人で抱え込まないようにしてほしい。

一人で見るなど、絶対に無理な話。

経済的にも厳しいのであれば、それも相談できるから、面倒くさがらずに、後回しにしないで、とにかく一人で悩みを抱えないでほしい。

そのことが、高齢者にとっての幸せにも繋がっているから。

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